雪が降る降る言うので昨日のうちに床屋をキャンセルしたのに、起きたら全然降ってなくて残念・・・。
いや、積もったら困るから降らなくて良かったんだけど、通ってる床屋さんは昔住んでいた街にあり。
ちょっと遠いので、プチツーリングがてら美味いものを食べて帰ったり寄り道したり。
ひとり羽を伸ばすのを楽しみにしているのです。
※写真と文章は全く関係がありません


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その床屋さん、ほんと普通の街の床屋さんなんだけど、腕に不満はないのはもちろんのこと、なんだか店長さん(といっても一人でやってるんだけど)の人柄というか人との距離感が絶妙にいいんですよね。
人って多かれ少なかれフレンドリーに接しようとすると「ワタシはあなたのことわかってますよ」みたいな感じを醸し出しがちですが、いくら親しくても他人を100%理解するなんて出来ないわけで。
もし理解できていると思ったらそれは思い上がりの親しさの押し売りみたいなもので、一種の「暴力」だとも思うのです。
そして、そんな問いかけがあることに気が付こうとすらしない人も大勢いるように思う。
世の中、知らないことの方が多いのだから、自分のモノサシなんて小僧の独りよがりなんです。
だから、色んなものに色んな見方や価値があるってことに気が付こうとする謙虚な姿勢を持ち、同時にオンリーワンである自分の価値観も大切にできる人って大人だなあ、好感が持てるなあって思うのです。
件の床屋さんは、そんなスゴイ人とまでは言わないけど、自分の価値観を大事にしながらも、他人の価値観を知らず知らずのうちに土足で入り込まない感じがして結構好きなのです。
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と、クドクド駄文を書きましたが、本題。
ブログでは永らく読書の話題から遠ざかってましたが、本はちょいちょい読んでいて。
せっかく読んだのに書かないのも勿体ないなというか、アウトプットすることで理解が深まるのかなとか思い。
そんなわけで最近読んだ森下典子さんのエッセイ「日々是好日」(にちにちこれこうじつ)の話。
森下サンが学生時代から続けている茶道について綴られているこの作品。
冒頭の床屋の話も何気に関係ない話ではなくて、森下サンが茶道通じて得た多くの「気づき」について書かれているのに通じる部分があったのかなあと。
森下サンは、先生に言われるがまま、ただただ型を繰り返すお稽古の意味が分からず、挫けそうになりながらも何年も通い続けていったある日、ぱっと今まで気が付かなかったことが見通せるようになって自分の世界が広がる喜びを知ったということを書かれてます。
そうして全体を通して語られている共通のテーマは、雨の日だって雨の日にしかない楽しみがあって、悪い天気なんてものはない。
だから、毎日新しい発見があって毎日が新鮮で毎日が好い日、すなわち「日々是好日」なのだということ。
そんな茶「道」の話から、茶を通じて学んだ人との接し方だとか、お茶の道具やお菓子やお茶会に初めて参加した話など。
縁遠いと思っていたお茶の世界に、ふむふむと感心させられたり、純粋に驚いたり、得るもの多い一冊でした。



コメント
本を読みなさいよー
と、若いもんには言うもワタシはまっったく。
雨の日にねー
(-_-).。oO(そんな日は掃除して終わり)
>tkjさん
私も電車の中でしか読まないけど電車で座ったら寝ちゃうし疲れたら読まないしで、なかなか進みません(笑)