[Philosophy]

つらつらつるり

主観と客観の関係をめぐる議論において「クオリア」とは、客観的な記述や測定には還元しがたい経験の主観的側面を指す概念として用いられる。

 

哲学堂

 

 

「自分は生きている」という一人称的な感覚としての意識は、個人を個人として成立させる基礎的条件であると考えられるが、クオリアは本質的に私的であり、他者と直接共有することができない。

 

このことから、他者と真に理解し合うことは原理的に不可能であるという帰結が導かれる。

 

すなわち、自己の意識は直接的に把握されるのに対し、他者の意識は行動や言語を通じて間接的に推論されるにすぎないため、他者が意識を欠いた「哲学的ゾンビ」である可能性を論理的に排除することはできないのでは、と。

 

このような認識に立てば、主体は自らのみが意識を有する世界に孤立しているという懐疑に至るが、同時に、この構造は他のすべての主体にも等しく当てはまると考えられないだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆

 

とかそんなことを考えたとか考えなかったとかはさておき。

 

少し前の日曜日。

中野区と新宿区の境目にある哲学堂公園と言うところへ、嫁さんとバイクに乗って出掛けてみました。

25分ほどの近場だし走るのが目的でもないので、ツーリングとは公式認定(何の?)せず、お散歩です。

 

哲学堂

 

 

たまに前を通るので気になってたものの、公式サイトを見ても

「明治37年に東洋大学を創設した偉いセンセイ(井上円了)が哲学に関するものを集めた公園」

というぐらいしか書いてなくて判然とせず。

 

哲学堂

 

 

入ってみると目に飛び込んでくるのは野球場。

リトルリーグの練習などに使っているようですね。

ちなみに小さな駐車場があるけど、土日は駐車禁止でそのかわりにバイクを停められました。

 

哲学堂

 

 

建物が集まった庭のほかに、不思議なものがいっぱいの不思議空間。

 

公園の半分は丘の上に位置しており見晴らしも良く。

思いのほか近くに新宿のビル群を目にすることが出来る立地にあるにも関わらず、ガヤガヤしてない穴場スポット的存。

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

唯物園の客観廬に対する名称で、心界の休息所であり、心界の風光を観察するのに適した地点に選ばれている。(`・ω・´)シャキーン

 

哲学堂

 

 

と、随所にある意味がわからない説明の立て札を読みあげては、ドヤる遊びを楽しみつつ。

 

哲学には明るくないワタクシ共にはさっぱりチンプンカンプンでも、のんびり散歩が楽しめました。

 

 

哲学堂

 

 

哲学堂

 

 

ちなみに冒頭の写真の像は、タヌキだそうです。

なぜタヌキかというと、二面性を持つという意味で人間とタヌキは似ているから・・・だそうで。

うむ、わからん。

 

そもそも言うほど狸ですかね?(曖昧な命題(テーゼ))

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