DNAデータのことを我々はこう呼んでますよ。
プ ラ チ ナ デ ー タ (ドヤァ
・・・と二宮和也が囁く映画の予告編にあまりにイラッと来て
かえって気になってしまったので、とりあえず原作を読んでみました。
というわけで、今回のお題は東野圭吾先生の「プラチナデータ」。
映画の予告編を見てわかるのは、
ごくごく近い未来の日本で国が全国民のDNAをデータ化して管理し
それを利用した完璧な犯罪捜査システムを構築する。
ところが開発に携わった主人公が、身に覚えのない連続殺人事件の容疑者にされてしまう。
実は二重人格者である彼は「もう一人の自分」が罪を犯したのだろうかという疑念と不安を抱きつつも
自らの潔白を晴らすために逃亡し、事件の謎に挑むSFサスペンスアクション!
というシナリオらしい。
なんだか、手あかのベッタリ付いた既視感満載の話だなあ。
それよくある~!(八嶋智人風)的な・・・。
と思っていたのだけど、原作を読んでみたら、実はそういう話ではなかった。
どのぐらい違うのかというと、そもそもタイトルの「プラチナデータ」という
単語の定義からして全然違っていたのだから驚きを禁じ得ない。
あのイラついたドヤ顔ウィスパーはどんな風に描かれているのだろうかと
期待していたのに存在しないのです。
じゃあ、プラチナデータとはどんな意味なのか?
と、なかなか登場すらしないこの単語にヤキモキしながら読み進め読み進め読み進めるも
一向に言及される様子はなく、もしかして最後まで出てこないんじゃないだろうかと思ったら
種明かしの段階でやっと明かされます。
さらに公式サイトのキャストを見ると
コイツを外しちゃ絶対ダメだろうという超重要人物が登場しないし
主人公を含めた主要キャラクターの設定が大きく違うし
なんだか、尺の都合とか映像と文章という表現手法の違い云々という範疇ではなく
もう映画は小説を原案にしたオリジナル作品といってもよさそうな気配すら感じさせる。
まあ、シナリオと原作の関係はそういうことが多い、っていうか常だとは思うけど。
さてさて、そんなわけで。
すっかり使い古されたネタかと思いきや、
映画の予告編から想像されるようなストーリーとは違っており
予想を裏切る面白い展開もありテンポも良く結構楽しくて
スイスイとあっという間に読むことが出来ました。
読み終えての感想はといいますとズバリ。
なんだか、手あかのベッタリ付いた既視感満載の話だなあ。
それよくある~!(八嶋智人風)的な・・・。
って、アレ?
この感想自体がデジャヴ・・・。
そうなのです。
当初の予想とは少し違ってはいたものの、根本的には、目新しい部分は皆無。
人物に愛着が持てないし、なんといっても目玉のDNA検索システムとか
警察の捜査過程とか推理といった、SFとミステリで肝心の部分が薄っぺらい。
もう、おんせんまんじゅうの皮のように薄っぺらいのだよ。
ミステリならやっぱり海が割れるような新鮮な驚きが欲しいし
警察モノなら身を焦がすような恋・・・じゃないや緊迫感が欲しいじゃん。
それとジャンルを問わずキャラ萌えは個人的に重要な要素。
そしてSFなら、ただ素人くさいアイデアだけ並べるんではなく
裏付けとなる凝った設定が重要だろう。
例え現代科学では不可能な妄想であっても、そこに溢れんばかりの想像力を働かせて
ディティールを妄想して楽しむのが醍醐味なのに、これじゃあリアルさも夢も全くないように思える。
完璧なDNA検索システムを天才数学者が思いついて警察のスパコン(笑)で
あっという間に検索して人物の特徴までピタリと当てるなんて芸当をサラッと書いてるけど
具体的な解法は無理にだとしても、それが、どれだけ技術的に困難な事なのかすら
語られていないのはなあ・・・。
と、まあ、色々文句をいいつつも、それなりに楽しかったので
TVドラマ的に流す娯楽作品ぐらいには良かったかな。
映画はどうなんだろう?
作者自身は、映画版は見事に昇華されているといったコメントをしているようだけど。
でも、いまのところワザワザ観ることはなさそう・・・。
水原希子は好きですけど。
ところで、全国民のDNAをデータ化することは認めても、本書のデータ化は認めていないらしい。
まぁ、割厨とか映画泥棒とかその手の輩は死んでくれと思うけど
自炊自体は個人の自由じゃなかろうか。
面倒だから代行して何が悪いのだろうか、よくわからない。
ま、とはいっても、自分は紙の本が好きなので、紙で読む派なのですけどね。

コメント
お客様「このデータ、おかしいんじゃない?」
担当SE「プ ラ チ ナ デ ー タ (ドヤァ 」
今度やってみよう!w