そういえば今日は節分だったんすね。
夜、近所を歩いていたら、オニハソトー!って声がして豆が当たりました。
皆さん、いかがお過ごしだったでしょうか。
湊かおり先生ブームは続きまして「夜行観覧車」を読みました。
今ちょうどドラマもやってますね、見てないですけど・・・。
飛ぶ鳥を落とす勢いのかおり先生。
これまた重くて面倒くさいお話だったわけですが、面白くてほとんど一気読みでした。
誰もが羨む高級住宅街の「ひばりが丘」で起きた殺人事件。
とある晩、奥さんが旦那さんを殺してしまい、逮捕される。
というだけの、小説的には地味なお話なのだけど
例によって、各々の心象描写のディティールがすごかった。
人間誰しもが綺麗な皮膚の下に包んでる、澱のような汚くて最も濃い部分。
生きる上で各々が自分と相手の、その部分を受け入れていくことは
コミュニティーで共存していく上で重要なのはわかるのだけど
家族とか友人とか学校とか会社とか、もうとにかく面倒くさいじゃないですか。
物語の中では、この面倒くさいアレコレに
膝を突き合わせることから逃げ続けて殺人事件へと発展してしまう。
形こそ違えども、自分も面倒なことから目をそらしていることばかりだ。
ようするに爆発の火種は身の回りにたくさんあるのだよね。
自分を殺し続けていつかは他人も殺してしまうかもしれない。
干渉されず干渉せず、クリアラップだけを延々と走っていたいのだけど
現実はそうじゃなくて、理想からかけ離れた純度の低い濁った水で生きてる。
逃げ出したいけど、その先に理想郷なんてどうせないのだし
ここでもがいて生きていくしかないんだよね。
でも、そうまでして生きていくことって何の為なのだろうかとか。
考えはきりがないし考えても仕方ないのかもしれないけど
ひとつ言えるのは事実を受け入れること、見誤らないこと、か・・・。
そしてその事実というのも、自分や他人の澱を受け入れた先に
あることのなのかなとは思う。面倒くさいね。
(あれ、結局、なんか最初の方に書いた話に戻った・・・)

コメント
お豆に当たりましたか!
ラッキーですね?!
夕飯前に豆まきしましたよ!
歳の数だけたべるじゃないですか、お豆。
お腹いっぱいになっちゃってご飯が入らなかったけど意地で食べましたわ。
夜のバスに電光掲示が映えますね。
めんどくさいと思うとき、それは自分にコトの主導権が無いとときです。自分の場合。
この世は全て己の主観というと我儘と言われる今日この頃です。
>かじかっさん
豆、ベストキッドみたいにすごい勢いで飛んでくるのをかわしたとかそういう修行だったとかそんなことは全くなく、足元にバラバラ来ました、豆!
ぽつねんと寂しい心持ちでしたがラッキーだったのかしら。
我が家では歳の数だけ食べちゃうとお腹が膨れてしまうので、10の桁分だけだべてますよ。
でも、鳩じゃないんだし、あまりおいしくないですよね、アレ・・・。
夜の乗り物はピカピカ光って艶かしい感じが好きです。
タクシーもいいですね。
が、ご指摘のとおり今回のポイントは電光掲示板です。
主導権握れないのもめんどいけど、握られちゃうのも面倒かなあ。
じゃあドッチだという感じですが(^-^;
世の中、自分の主観なのは真理ですよ、たぶん。
つまり自分自身が面倒くさい人間だということなのかも。