旅のラゴス

筒井康隆 / 旅のラゴス


しん、と冷えた固い真冬の空気を感じる日もうんと少なくなって、徐々に春の兆しをにおはせつつだったりですが、ちょいちょい忙しくて更新も滞り中・・・。

そんなわけでだいぶ前に読んだこちらの本。

筒井センセイの作品は日本のSF界の大御所でありながらも、叙述性とかユーモアに溢れ、どこか正統派とは外れた天邪鬼的な匂いがしていつもわくわくさせられる。

今回の「旅のラゴス」も、おなじくわくわくなんだけど、いかにもSFといった、突拍子もないギミックとかに頼らない、人生の深みに触れられる逸品だと思う。(といっても、十分突拍子もないけど)
ひとことで言い表すなら、味わい深い。

最初はモンゴルのような草原を遊牧民と共に旅する主人公ラゴスの、冒険のお話かのような書き出しで始まったかと思ったら、急にテレポーテーションしてみたり、イソップの寓話のような、すこし気の毒で考えさせられ、というか勝手に深読みしたくなるおかしな展開になったりと、狐につままれつままれて、方向性がなんだかよくわからない。

そんなまま、おもしろくて読みやすいから、続きが気になって気になって、ぐいぐい読み進めてみると、中世を舞台にしているのかと思いきや、実は今の科学文明が一旦滅びた後、人類が眠っていた超能力に目覚めた世界であったことに気がつく・・・。

そして、世界中を旅し続け、故郷に帰ったラゴスは、故郷で余生を安らかに過ごすことを選ばず、もはや帰ってくることが適わない、最後の旅に出ることを決意するのだが、そこでの一節がココロに強く訴えかけるものがあった。

—-ここから—-

旅立つまでにしておかねばならぬことはいくつもあった。それはむしろ、旅立ちを考えはじめたが故に明確に見えてきた事故の役割や使命であった。
また逆に言えばそれ故にこそわたしは旅立ち、この都市国家に別れを告げねばならなかったのだろう。
このキテロ市に、わたしは帰郷したのではなかった。
実は旅の途中に立ち寄ったのに過ぎなかったのだ。旅をすることによって人生というもうひとつの旅がはっきりと見えはじめ、そこより立ち去る時期が自覚できるようになったのであろうか。

—-ここまで—-

筒井センセイが何を思ってこれを書いたのかはわからないけど。

人生における自分の立ち位置とか目的地とかって何かなあと考えたときに、過去の自分があって、その上に今の自分がいて、そこに続く未来の自分がいる。
自分は過去から未来へ続く流れの中にいて、その流れの全体を俯瞰してみて、はじめて、今何をすべきなのかがわかるし、今をどう考えるかで未来の意味も方向も変わるのに、しばしば今この瞬間を点でしか見ることが出来なくなってしまう気がするなあとか。

とかいう後付の理由はおいといて、他の筒井作品と同じく、純粋に娯楽として楽しめるし、読んで胸糞悪くなることなんて絶対なく。

とても佳い時間を過ごさせてくれた一冊でした。

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